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小畔川通信

 川越市内を流れる小畔川の日々その他をお伝えします。

あれから8年

あれから8年経ちました。

その日私はどうしていたか、忘れないように書いておきます。

いつも通り職場に出勤。
昼から会議の為、金融庁の17階(何階の会議室だったかここが曖昧)へ13時に到着。
定例の話が始まり、休憩をして、後半が始まると、フワフワ!
なんだこれ?
1442だったのか1445だったのか、正確な時間はわからないが最初体が浮いたような感じがしてその後、ユックリと左右に移動した。
何とも気持ちの悪い揺れ方で、例えると少し大きな船のローリングとピッチングのよう。
とりあえず全てのドアを解放し窓から下を覗くと、財務省屋上の国旗掲揚ポールが揺れている。
揺れているを通り越して振られている。
キャストのロッド状態。
折れると思いました。
一番衝撃的な事でした。
建物がユックリ揺れて気持ちが悪い。内装が軋み壁の端からギシギシと音がして部材が割れ落下。

こんな状態がしばらく続き、凄いことになったと我に返って最初に行ったのは。
災害対処の第一人者が居ないと思ったら階段を駆け下り、全員分の握り飯をぶら下げて駆け上がって来ました。

普通じゃない。
大変な事になる。
取り敢えず飯の確保。
流石、その道のプロは読みが鋭い。

当然、会議は中止。
階段を下り職場へ歩いて戻りました。
その間も何度も揺れました。
この時点で何処が震源地で何が起きているか正確にわからず、家族は大丈夫かなとそれだけが頭の中を駆け巡っていました。
千葉コンビナートで火災発生が最初の情報だったような気がします。

私の初めてのメールアドレスにkanji-ujin・・・・・・・というものを使いましたが当にこれでした。
おバカ 肝心な時に抜けている人 疎人
肝心ー疎人

この日に限って携帯を忘れて出勤しました。
まだスマホではなくガラケーです。
同僚はメールをしたり電話をしたりしていましたが、僕は職場の電話から自宅にかけるも全く繋がらない状況。
大変な事になっている。
テレビから情報が入ってきました。
東北で地震、とてつもないエネルギー
揺れ、津波の画像

当初百人単位の犠牲者情報が入ったが阪神大震災の時も最初は数十人それが100単位。

鉄道も止まっている。
今夜は職場で過ごすかと思ったら、西武池袋線動いています。
東上線は?
ダメだな。
jetpapa一緒に帰ろう!
同僚が声をかけてくれました。
毛呂山の方。
奥様が飯能まで迎えに来てくれるから乗って行けば良い。
川越まで送るから心配するな!
嬉しかったな。
自宅に帰ったのは午前1時。
部屋に入ると奥は諦めて布団を被って寝ていました。
リビングは 食器棚が倒れて床はガラス、陶器の破片がいっぱい、ピアノは1m近く動いている。
タンスが動いたのか、倒れたのか、ドアが半分しか開かない部屋。
惨憺たる状況。

これが当日の動き。
忘れてしまった事、心に残った事。

強烈な思いでした。

川越でこの程度だったので、東北ではどんなだったか。
当時の事を思い出すと絶句!

忘れてはならない事ですが、引きずってばかりはいられません。

あれから8年なのか、もう8年も経ってしまったのか?




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  1. 2019/03/11(月) 07:53:28|
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