小畔川通信

 川越市内を流れる小畔川の日々その他をお伝えします。

あの日のこと

 今朝も6時58分に朝日が昇ってきた。
 暗い空が群青色に染まり、空色に変わり、赤い朝焼けとなる。
 そして一瞬、地平線が輝くとともに朝日が昇ってきた。
 毎日天気さえよければ東の空にこの光景を見ることができる。
 4年前の今日はどうだったか?
 
 いつもどおり6時半過ぎにに家を出て駅に歩いて行ったのだろう。
 いつもどおり電車に乗り8時半ごろには職場に到着しいつもどおり仕事を始めたと思う。
 その日は金融庁の14階会議室で午後1時半から会議が始まった。
 最初は違和感を感じた。
 何だろう?
 揺れている。
 そのうちに内装の壁がきしみだした。
 ユックリとした周期でギシギシ鳴りだしたのである。
 そして立っていられないほど揺れだした。
 地震だ!
 窓から下を見ると路上に人が飛び出している。
 財務省の屋上にある国旗掲揚塔のポールが信じられない角度で振れている。
 あのまま振れつづけたら折れるな!
 それにしてもすごい強度だ!
 左右45度近くまで曲がっても折れないんだ。
 大変なことになっているのは判っているが妙に冷静でそんなことを考えていた。
 そのうちに気持ちが悪くなってきた。
 ユラーリ、ユラリ長周期で揺れると気持ちが悪くなるらしい。
 初めての経験である。
 どうするか。
 とりあえずエレベーターも止まっているだろうし階段を降りるのも大変だ。
 このビルは耐震設計は最新のものだから倒壊することはないだろう。
 このまま様子を見よう。
 全員の共通した認識で、パニックに陥ることまなく冷静に対処することができた。
 閉じ込められるのだけは避けようとすぐに入口のドアを開けていた。
 少し揺れが治まると、災害関連のプロはここで待っていてと言い残して階段を駆け下りて行った。
 何をするのだろう?
 しばらくすると、食料と水を全員の2食分を地下の売店で調達して戻ってきた。
 これからどうなるかわからないので各自の食料と水です。
 彼はまず自分たちの行動ができるよう、飯の確保をした。
 これで明朝まで大丈夫。
 冷静な奴だ。
 流石だなと思った。
 30分強経過したと思う。
 揺れはおさまらない。
 外は人が走り回っている。
 外壁が崩れたりはしていないようだ。

 大丈夫のようだ、職場に戻ろう!
 金融庁から職場に戻った。
 階段を降りるのは大変だな、長いなと思った。
 外に出ると車も走り始めていた。
 走り回っている人は居ない。
 冷静に歩いている。
 
 そうだ、自宅はどうなっただろう?
 家族は無事か?
 心配になってはいたが連絡手段がない。
 なんと、携帯を家に置いて出勤していた。
 なんて馬鹿な奴なんだ。
 肝心な時に忘れるなんて。
 こんな時に、こんな時のためにあるのに。
 職場に戻り電話をしてみたが、全く通じない。
 何度かけても通じない。
 何処にも通じないのである。
 情報が入ってきた。
 テレビでは東北で巨大地震が発生して被害が出たと報じている。
 各地の震度が画面に出ていた。
 千葉のコンビナートの火災が放映された。
 東北の画像は出ない。
 津波のことが報じられたようだ。
 地方部署との連絡をしているが繋がらないようで情報はテレビの画像のみである。
 だんだん実態が明らかになってきた。
 最初は死傷者が300人ぐらいから始まったと思う。
 時間とともに増え続けた。
 津波の画像が入ってきた。
 大変なことになったと、つまらないことではあるが家に帰れるかがとても気になっていた。

 2時46分地震が発生してその後のことは各メディアが伝えるとおりである。
 
 忘れないためにここに記録しておく。
 その日のその時の私の状況である。



 
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  1. 2015/03/11(水) 07:45:08|
  2. その他
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  4. | コメント:6
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コメント

あの日

jetpapaさん
こんにちは。
私は翌日に手術を控えて病院にいました。
小さな振動のあとにかなり大きな揺れが。テレビからは落ち着いて身を守るようにアナウンスが繰り返し伝えられていました。嫌な予感がして、すぐに妻の実家に電話しましたが5日目まで繋がることはなかったです。
みないろんな状況のなか、残念ながらたくさんの犠牲者がでて、未だに帰宅出来ない方々が、沢山います。
今日で4年ですが、映像が流れる度に未だにつらい気持ちになります。
  1. 2015/03/11(水) 15:29:08 |
  2. URL |
  3. ジョニー #mQop/nM.
  4. [ 編集 ]

 ジョニーさん

 本音を言えば映像が繰り返し流されるのにはうんざりなんです。
 書きたいことは沢山ありますが、その時のことだけにしています。
 福島は地震、津波に加えて原発事故のトリプルパンチです。
 除染については無駄と最初に思いましたが継続中。
 無駄なお金を使う必要はないと思っています。
 全て税金です。
 我が家の裏山の葉っぱは汚染のまま、表土はそのあたりに山積み。
 最終処分場は福島県外???
 被災者でも嫌がるのに他県に?
 原発を埋めるその土にしてその上をコンクリートで覆い巨大なモニュメントにしたらいいと思っていても言えないんでしょう。
 これしかないと思っています。
 
 何もできませんが、毎月福島へ行っています。
 来週行ってきます。
 お彼岸ですからね。
 帰りに野菜はJAの売店で買ってきます。
 線量チェックは完璧ですから安全ですし、少々は問題ありません。
 ガンになる前に寿命が来る予定です。
 心配な方は安全なところに行けばよろしい。
 近寄らなければよろしい。
 だからといって根拠もない扇動は止めて欲しい。

 羹に懲りてなますを吹く!
 これだけは止めて欲しいのです。
 今大事なことは原発の完璧な廃炉!
 なぜこのような事故が起きたかの総括!
 事故防止手順、装置、ノウハウの確率!
 世界で稼働している原子炉の安全管理手順の確定!
 事故が起きたから、もういやではだめだと思うのです。
 どうしたら事故が起きないようにできるのか、何が間違いでどのようにすれば良いのか、チェルノブイリ、スリーマイルに続き起きた事故です。
 ノウハウを確立して欲しいと思っています。

 戦略的にも原子力関連のノウハウを継続して持ち世界を安全の面で誘導するのが被災国としての責務と思っています。
 ポジティブに考えて復興して欲しいと思っています。

  1. 2015/03/11(水) 17:32:42 |
  2. URL |
  3. jetpapa #-
  4. [ 編集 ]

忘れてはいけない日
でも
忘れてしまいたい日

除染は・・・
少なくとも地元住民の日当にはなりました
地域外にもずいぶん流出したみたいですが

あの日自分は神奈川県にいて帰宅できず
TVもない事務所に泊まった翌朝
あまりの惨状に言葉を失っておりました

原発に関しては・・・
今でも何が正しいのか分からないままです

  1. 2015/03/11(水) 20:48:33 |
  2. URL |
  3. ねずみおやじ #s.Y3apRk
  4. [ 編集 ]

 ねずみおやじさん

 なかったことにできるならこんな幸せなことはありません。
 リセットでしょうか?
 でも現実は現実、避けて通るわけにはいきません。
 報道ではつらい辛いといったことばかりですが、これは一部のごく一部のことでほとんどの方は前向きです。
 普通に暮らしています。
 風評などは報道で極端な事例ばかり伝えられるからと思います。
 そこに汚染度があろうと普通に暮らしているのです。
 ただ、エゴはありますよ。
 私の土地に汚染土を置きました。
 住民の子供の通学路の歩道、溝の掃除をしてその草、土などをどこに処分するか?
 国の作業ではなく地区の作業でした。
 当然通学児童のいる家庭の土地か地区の管理する土地に置くのが筋というもの。
 しかし、私が貸している土地の使用者が置いていいかと打診してきました。
 使用していないところに置いてもらいました。
 でも、何ら報酬はいただいていません。
 おかしいでしょ。
 そんなことは沢山あります。
 皆様したたかに暮らしていますよ。
 かなりポジティブです。

 前向きに考えている事例が福島在住のhappyさんから発信されています。

  1. 2015/03/12(木) 06:40:20 |
  2. URL |
  3. jetpapa #-
  4. [ 編集 ]

こんにちは

思い知らされた日でした

ちょうど4日後に工事を始める現場の施工図とチェックを会社でやっていて
休憩で喫煙所で一服してた時にきました

かなり揺れましたが
そんなに焦りもせず淡々とした感じでした

事の重大性が分かっていなかったのもあり
釜石が津波にのまれたと聞き初めて認識した状態でした
そのあとは皆さんも知る通り
会社だったのが救いで
帰るのを諦めて会社にいました

帰宅しようとする人達で前の道路は人だかり
便利な都市生活の弱点を分かってはいましたがあからさまに思い知らされた日でした

狭い日本
皆が均しく暮らすには皆が少しずつ
何かを犠牲にしてる
そのバランスが崩れた時にこういう事になるのかと…

地震も津波も天災
でも人災で被害が拡がるような事は
今後できるだけ起きない事を願います

  1. 2015/03/12(木) 16:00:21 |
  2. URL |
  3. yutkun #-
  4. [ 編集 ]

 yutkun さん

 事の重大さを知ったのは同じくテレビの画像ででした。
 それから死傷者の数がどんどん増えて、東京でこれだけ揺れたら震源地に近い東北ではどうなったか、徐々に判りました。
 帰宅は同僚の奥様が飯能まで迎えに来てくれてわざわざ川越まで送ってくれました。
 東上線は止まりましたが、西武池袋線は奇跡的に動いていました。
 午前2時ごろ、自宅にたどり着くと居間は食器棚から落ちたグラスのかけらでグチャグチャ、玄関は靴箱が倒れ、別の部屋は箪笥がひっくり返り大変なことになっていました。
 フローリングの傷が生々しいのですが忘れないようにそのままにしています。
 
 yutkunさんのおっしゃるとおり、起きたことを総括してなぜそうなったか、どうしたら防止できるか、整斉と行動できるかしっかりと検証することが大事だと思います。
 また起きると思っています。
 
  1. 2015/03/12(木) 19:19:20 |
  2. URL |
  3. jetpapa #-
  4. [ 編集 ]

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